山岸凉子のホラー短編には「臨死体験」や、亡者が浄化されずに現世をさまよう話が多く存在する。
この記事では「臨死体験」を描いた作品をピックアップし、紹介する。
紹介すること自体が盛大なネタバレとなってしまうため、ネタバレが嫌いな人はご注意いただきたい。
目次
天鳥船(1985)
あらすじ
和也は高校受験に失敗し、世を儚んで山に入った。途中で引き返そうとしたが崖から転落して左足を骨折し、見知らぬ老人に保護された。
屋敷では和服姿の少女に世話され、数日が経った。和也は一向に両親が迎えにこないことに不信感をおぼえ、松葉杖をついて屋敷を探索する。
そこで和也は、恐ろしいものを見た……。
解説
人は天寿を全うすると「天鳥船」に乗り込み、あの世へと旅立つ。ここは人々が天鳥船を待つための舟宿。
若くして自殺をはかり、この場所に来てしまった和也は、本来の寿命が来るまでの間、ずっとさまようことになるのだと老人に告げられる。
日本神話を反映し「死後の世界」を抽象的なビジュアルで描いた衝撃の作品だ。
「天鳥船」とは言っても船の形ではない。横から見れば円筒状。上から見れば……給水塔のような建物のはしごを上り、内部を見下ろすと、無数の魂が轟音を上げて渦巻くビジュアルが実に恐ろしい。
このイラストは、ぜひ本編を見て味わってほしい。
山岸先生が「死後の世界」を描いた作品の中で、私は『天鳥船』がもっともおもしろく、見た目にも恐ろしいと感じた。
タイムスリップ自選作品集(文春文庫版)
汐の声(山岸凉子スペシャルセレクションⅡ)
夜の馬(1998)
あらすじ
病室で人工呼吸器につながれ、苦しんでいた「わたし」の魂は肉体を離れ、深い井戸の底へと落ちていった。
「わたし」は井戸の底で死者たちに出会う。いずれも非業の死を遂げた者たちだ。
しばらくすると何もない空間を、人々が大八車を引くのに出くわした。「わたし」はこれに乗るように促され、断固拒否するが……。
解説・考察
実在の事件(薬害エイズ事件)に関わった人物をモデルにし、生前の行いが良くなかった人がどのような臨死体験をするのか、恐ろしげなイメージで描いている。
「臨死体験」は、死の苦しみから逃れるために大脳が作り出した幻覚と言われる。多くの人は愛に満ちた美しい場所を思い描くそうだが、「自分は地獄に落ちる」と潜在的に罪の意識を抱える人はどうだろうか。
この作品で描かれる井戸や、白い死者たち、あるいは大八車のイメージは寂しくも恐ろしい。
ちなみに、タイトルとなった『夜の馬』は扉や作中に登場しないが、単行本『押し入れ』の中の目次ページにヒントがあった。
ギュスターヴ・ドレが描いた『新約聖書・ヨハネの黙示録』の一場面だ。
青ざめた馬に「死」がまたがり、大きな鎌を携え、背後には冥界が付き従っている。
山岸先生はドレから「冥府からの使者」の着想を得つつ、和風のイメージに変換して大八車を描いたのだろう。
押し入れ(講談社)
単行本『押し入れ』に収録の作品(夜の馬・メディア・押し入れ・雨女)はいずれも文庫・愛蔵版に収録されておらず、ここでしか読むことができない。
なお、2023年現在Kindle版が入手可能である。
時計草(2018)
あらすじ
「はい、時間です」の声とともに「わたし」は時計草の花を差し出され、真昼の公園に放り出された。
周囲を散策すると昔の知人に次々出会い、いっしょに行こうと誘われるが「わたし」はいずれも断った。
いつまで経っても太陽の位置は変わらず、ここには時間も空間もない。この場所は一体……?
解説・考察
暑くもなく寒くもなく、時間や空間の概念もない穏やかな「死後の世界」。天国や地獄というのは宗教家が作った話で、「死後」は生きていた頃の現実を反映するだけ。なにもない世界なのだと山岸先生は描いている。
ところが「わたし」は現世の自分に満足せず、未練を残してしまった。
これぞホラーだ。
「死後」に救いはないのだから、生きている時間を大切にし、精一杯生きるようにと山岸先生は読者にエールを送っている。
死後にさまよう魂を描き続けた山岸先生の集大成のような作品だ。
単行本未収録
初出:ビッグコミック2018年6月25日号(小学館)
終わりに
山岸先生が、過去に神話や宗教から多くの影響を受けつつ、近年は宗教思想を離れ、独自の解釈により「死後の世界」を描こうとしている様子を受け取ることができる。
3編からベストを選ぶなら『天鳥船』だが、どれもおもしろいので、ぜひ手に取ってお読みいただきたい。
山岸先生は「臨死体験」以外にも、死者が現世をさまよう話を多く描いている。
いずれ、別の記事にて紹介したい。