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山岸凉子が描いた6人のサイコパス【解説・考察】

山岸凉子が描いた6人のサイコパス

山岸凉子と言えば『アラベスク』『日出処の天子』『舞姫ーテレプシコーラー』など……数々の長編漫画で人気を博したと同時に、ホラー・サスペンス短編の名手としても知られる。

この記事では、数多く生み出された名作サスペンス作品の中からサイコパスを描いたものに焦点をあてて、紹介・考察する。

「サイコパス」の概念自体新しいもので、おそらく1988年『羊たちの沈黙』の辺りで徐々に知られるようになってきたものだと思う。山岸作品ではこれに先駆けて、1981年以降、サイコパスと思しき人物が度々登場するようになった。
まだ「サイコパス」の概念がなかった時代、山岸先生が一体どのようにサイコパスを捉え、理解していったのか。繰り返し似たような人物を描きながら、少しずつ表現を変えて、理解が深まっていく様子を紹介したい。

サイコパス(精神病質)は先天的なものという説が有力だ。脳の中で感情や衝動抑制を司る部位が未発達だとされる。
サイコパスは他者と心を通じ合わせるのが難しい代わりに、自分の利益のために人を巧みに操り、表面的な関係を構築する。全員が犯罪を犯すわけではなく、特性を生かして経営者など、社会的に高い地位についている人も多いと言われている。

狐女きつねじょ(1981年)

あらすじ

田舎の旧家に引き取られた9歳のまさるは、やけに大人びた少年だった。性に対する異常な関心を見せては、大人たちを不気味がらせた。

屋敷には年老いた女主人と息子一家が住んでいる他、敷地内にある神社には「キツネつき」と呼ばれる娘・聖子まさこが住んでいた。母に見捨てられた理は、この女に初対面からシンパシーを感じた。

出典:山岸凉子『狐女』(1981年)
理(まさる) 出典:山岸凉子『狐女』(1981年)

解説・考察


9歳にして、性に対し異常な執着を見せる理の行動が不気味だ。しかし、それもいなくなった母の愛情を求める気持ちの裏返しだとすれば、哀れとも思える。

「引き取られた子どもによる異常な行動」は、この後も、山岸作品の中に繰り返し登場する。
ただし、この物語の主人公・理は、母から捨てられ、育ての親から疎まれたさびしさから非行に走った節がある。
生まれつきの傾向ではなく環境がそうさせたのであれば、サイコパスというよりはソシオパスに近いのかもしれない。

ソシオパス(社会病質)の行動はサイコパスと似ているが、違うところは後天的な影響により作られた人格という点だ。幼少期に身体的・精神的虐待を受けたことやトラウマなどが影響している。
また、ソシオパスは、より衝動的で行動に一貫性がない。長期的な仕事に就くことや、普通の家庭生活を営むことが難しいと言われる。

天人唐草てんにんからくさ自選作品集(文春文庫)2018年ほか

キメィラ(1984年)

あらすじ

女子大に進学した主人公は、中性的でクールな容貌を持つかけると寮で同室となった。翔は陸上選手として黙々と練習に打ち込み、他の者には目もくれなかった。
ある日、陸上の指導者・藤原コーチが、学生用のシャワー室で全裸で殺されているのが見つかる。どうやら最後に会ったのは翔だったらしいが……。

解説・考察

「男装の麗人」と評される翔の容貌が独特だ。切れ長の一重まぶたで東洋的な容貌である。扉絵に平安時代を思わせる装束の姫君が描かれているのは、そういうわけだろうか。このイラストの真の意味が今ひとつはかりかねる。

翔は両性具有の体を持つ。性染色体がキメラ状に入り組んでいることから、このタイトルが付けられた。自分の体の秘密を人に知られまいとしたことから、殺人事件に発展し、その後も快楽殺人を繰り返すようになってしまったのだ。

結末で、彼女は「人間を愛さない無性の存在」と示されている。
80年代にいち早く、両性具有や他人に性的関心を持たない無性愛(アセクシュアル)の存在を取り上げた意味では先進的な作品であるが、この人物を非情なサイコパスとして描いたのは、いろいろ混ぜ込みすぎではないだろうか?

作品中では「両性具有」「半陰陽」と言われ、現在では「インターセックス(IS)」という呼び方が一般的となっている。さらに「性分化疾患(DSD)」というのが医学的名称だ。
生殖器の外見や機能が、典型的でない人を指す言葉である。人により体の特徴はさまざまで、一律にこうであると述べられない。
「中性」というよりは男性・女性の2つの性の特徴が両方ある「両性」のグラデーションとして捉えるべきで、当事者の性自認としては、男性・女性の両方があり得る。

インターセックスかつ、アセクシュアル(無性愛)の人はめずらしいだろう。元々、難しい性を生きる人たちなのに、その上「人間を愛さない」「反社会的人格」の特徴まで負わせるのは、フィクションとは言え、少々酷ではないか。

昔の作品であり、多様な性への理解もない時代の作品である。このようなツッコミを入れるのは野暮とは知りつつ、つっこまないわけにもいかないので詳しく述べた。

常夜長鳴鳥とこよながなきどり(山岸凉子スペシャルセレクションⅦ)

蛭子ひるこ(1985年)

あらすじ

女子大生の里見は上京をきっかけとして、親戚の少年・春洋はるみと知り合った。
春洋はちょくちょく里見の部屋を訪ねては、急に涙をこぼしたり、「学校でいじめられ、金を巻き上げられている」と言って同情を引き、金をせびるようになった。
さらに、春洋が来た後は決まって不審な事件が起こった。

出典:山岸凉子『蛭子』(1985年)
春洋(はるみ) 出典:山岸凉子『蛭子』(1985年)

解説・考察

少年が巧みにうそをついて、主人公の関心を引き、だんだん行動がエスカレートして暴力的な傾向をあらわにする過程がおそろしい。

蛭子ひるこ」とは、日本の神話に登場する神々が最初に生んだ子どものことだ。骨のない不具の体であったために、葦で作った舟に乗せて捨てられてしまったという。

山岸先生はなぜ、この物語に『蛭子』とタイトルを付けたのだろう。
おそらく、サイコパス的な性格を持つ春洋を「蛭子」のような得体の知れない存在、しかも、神のごとく邪心のない者として捉えたからではないか。
春洋は裕福な家に生まれ、金に困っているわけではないのに、わざわざうそをついて里見から金を巻き上げるのは、ただおもしろいからだ。そして気に入らないことがあれば、平然と粗暴なふるまいをする。
そうした少年の姿を、荒ぶる神のしわざに喩えて描いているのだと思う。

汐の声(山岸凉子スペシャルセレクションⅡ)
月読つくよみ自選作品集(文春文庫)2018年

蛇比礼へみのひれ(1985年)

あらすじ

高校生の達也の家では、達也の従妹で8歳の虹子にじこを引き取ることになった。虹子はやけに大人びた口をきき、歳に似合わぬ妖艶さで、達也や他の大人を誘惑するそぶりを見せた。

解説・考察

この話も冒頭で日本の神話のエピソードが紹介されている。三輪山(奈良県)に棲む蛇の化身の神の話だ。

この物語の虹子は、蛇の化身を思わせるところがある。冷たい水のシャワーを浴びたり、生卵を飲んだり、達也の夢の中では蛇の姿で男に絡みつき、下半身を飲み込む妖しい生き物として現れる。

ジャンルとしては、エロティックサスペンスといったところだろうか。
現在であれば、少女を主体としたこのような作品は描きにくいと思うが、「サイコパス」という概念がなかった時代に、一つの解釈としてこのように描いたのだろう。つまり生身の人間というよりは、人に取り憑いた妖しい神の化身という解釈である。

青の時代1(山岸凉子スペシャルセレクションⅩⅤ)
月読自選作品集(文春文庫)2018年

星の素白ましろき花束の(1986年)

あらすじ

イラストレーターの聡子は、異母妹の夏夜かやを引き取り同居することにした。夏夜はモデルの母を持つ美しい少女で、聡子は初めは喜んで世話したものの、次第に夏夜の自堕落さや身勝手な行動に嫌気がさすようになる。

一方、夏夜は美貌を武器にして、聡子が密かに思いを寄せる深町に近づいていった。

出典:山岸凉子『星の素白き花束の』(1986年)
夏夜(かや) 出典:山岸凉子『星の素白き花束の』(1986年)

解説・考察

『蛇比礼』と同様の物語を、今度は姉妹の間柄で描いている。亡くなった父が娘と肉体関係を結び、娘は嬉々として関係を受け入れていたというところまで、そっくり同じだ。

緘黙しじまの底』※(1992年)で山岸が親子間の性的虐待を扱うずっと以前の作品である。現在であれば、子ども自身が喜んで受け入れているように見えたとしても、それは親による支配・洗脳の結果であり、あくまでも虐待として捉えるべき事象だ。

夏夜はすっかり性格が歪んでしまい、年長の男性の庇護と性的関係なしには生きていけない人物として描かれている(ように見える)。彼女の場合、生まれながらのサイコパスというより、環境によって異常な性格が作られたと見た方がよいだろう。

天人唐草(山岸凉子スペシャルセレクションⅤ)
※『緘黙しじまの底』は『鬼子母神(山岸凉子スペシャルセレクションⅨ)』所収

パイド・パイパー(1990年)

あらすじ

道子は夫の転勤にともない、子どもの頃住んでいたM市に引っ越してきた。
数日後。市内の河原で、隣市で行方不明となっていた5歳の児童の遺体が発見される。
道子は青ざめた。23年前、4歳の妹が誘拐され、同じ河原で遺体が発見された。あのときの犯人は逮捕され、とうに死んでいるはずなのに……。なぜ、同じ場所で似たような事件が起きるのか。

解説・考察

この作品は、山岸作品にしてはめずらしくミステリー形式となっている。

1988〜1990年代に世間を騒がせた東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件をモデルにした作品だ。(犯人の男は幼女4人を殺した罪で死刑判決が下り、2008年に死刑が執行された。)

「パイド・パイパー」とはドイツ・ハーメルンに伝わる伝承で、笛を吹いて子どもたちを連れ去った「笛吹き男」を指す。
普段は人見知りするような子どもでも、やすやすと警戒心を解いてついて行ってしまうのはどんな人物なのか? この作品では『ハーメルンの笛吹き男』に喩え、その人物像を分析している。

この犯人こそが、サイコパスだ。限りなく自己中心的で、自分の快楽だけを目的に、いくらでも優しい声を出すことができる。絵柄も表情もリアリスティックで、怖かった。

優れた作品であるのに愛蔵版の『スペシャルセレクション』に入っていない点が残念だ。

シュリンクス・パーン自選作品集(文春文庫ビジュアル)
パイド・パイパー(MF文庫)

終わりに

『キメィラ』『蛭子』『パイド・パイパー』の3作品では、生まれついてのサイコパスと思しき人物を描いている。

一方で『狐女』『蛇比礼』『星の素白き花束の』では、幼少期に親から見捨てられたり、あるいは虐待を受け続けたことによる人格の歪みを描いている。彼らを生まれながらのサイコパスと決めつけるのは適切ではないだろう。

ここに挙げた作品のほとんどが1981〜1986年までに集中して描かれている。山岸先生は明らかにこの時期、サイコパスに関心があったのだろう。

愛蔵版の山岸凉子スペシャルセレクションではバラバラに収録されており、追いかけにくいが、現在入手しやすいものとして『月読自選作品集(文春文庫)』に『蛭子』『蛇比礼』の2編が収録されているため、こちらをおすすめしたい。
また長めの中編『パイド・パイパー』はミステリーとしてもおもしろく、サイコパスの行動だけでなく内面まで掘り下げ、分析的に見解を描いているところが見逃せない。

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黒いジョヴァンナ
黒いジョヴァンナ
生来のホラーマニアで、学生時代には『新耳袋』『怖い本』『東京伝説』などを集め読破した。漫画好き、映画好きでもある。