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山岸凉子が実在のサイコキラーをモデルに描いたサスペンス『悪夢』

山岸凉子が実在のサイコキラーをモデルに描いたサスペンス『悪夢』

山岸凉子作品には、実在の人物をモデルにして描かれたサスペンス・スリラーがいくつかある。
このうち、殺人事件に関わるものが『負の暗示』『雨女』『悪夢』だ。どれも創作をまじえ、フィクションとして描かれている。

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この記事では、サイコキラーとして有名なメアリー・ベルをモデルにした『悪夢』を紹介したい。
なおメアリー・ベルは、1978年に邦訳されたジッタ・セレニー著『マリー・ベル事件』のように、マリー・ベルと表記される例もある。

目次

『悪夢』あらすじ

21歳のメイは、連日見るおかしな夢に悩まされていた。

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

夢の中でメイは10歳の子どもの姿になっており、法廷で証言を求められる。

次に年上の少年ばかりがいる寄宿舎で周囲から珍しそうにジロジロ見られ、もう少し成長して13歳になった夢では、宿舎の職員がメイの部屋に入ってきてズボンを下ろし、陰部を見せた。

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

16歳になった夢では、車に乗せられ別の施設に送られようとしていた。その施設にいるのは、女性ばかり。女性たちは、長椅子のある部屋に集まってお喋りに花を咲かせた。

メイの話を聞いた母は病院を受診するよう勧め、メイは拒否した。ボーイフレンドのラドに知られたくないのだ。

その次見た夢では仲間の女性と逃げ、ヒッチハイクの車に乗り込むところ、助手席にいた人物が振り向くとラドだった。
メイは、すっかり、夢と現実の境目がわからなくなってしまう。

「マリー・フローラ・ベル、起きなさい。時間ですよ」

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

メイは刑務官に起こされ、「いやな夢だわ、早く起きなければ……」と思った。

現実には、メイは刑務所に収監されており、母や友人やボーイフレンドがいる塀の外の方が夢だったのだ。

「メイ」ことマリー・フローラ・ベルは、1969年に二人の男の子を殺した罪で終身拘禁の判決を受けた。それから1978年現在に至るまで、刑務所で、自ら作り出した悪夢の世界に閉じ込もっている。

作中ではメアリーは終身拘禁のため、一生解放されることはないと書かれているが、これは誤りである。「終身拘禁」とは一生刑務所に閉じ込める刑ではなく、本人が更生すれば釈放の可能性は充分にある。

解説

メアリー・ベルは、11歳にして二人の少年を殺したサイコキラーとして知られる。

  • 殺人の罪で捕まる前に、3人の子どもの首を絞め、警察の取り調べを受けていたこと。
  • 知的障害のある少女(ノーマ)に指図してこれらの複数の事件に巻き込んだこと。
  • ノーマと共に保育園に侵入し、犯行声明を残していたこと。

以上のことから、冷酷な殺人者であり「サイコパス」であるというイメージが一般的だ。

しかし、22歳で釈放されたメアリーが40歳で初めて取材に応じ、告白本として書かれた『魂の叫び』を読むと、その評価は一変する。

メアリーは幼少の頃から母親によって性的虐待を受け、トラウマを抱えた子どもだった。
母親から束縛され、苦境から逃れられずに爆発した結果が殺人であり、皮肉にも少年施設に収容された後、初めて安心できる環境で愛情ある大人に見守られ、教育を受けることができたという。
成長したメアリーは自分の犯した罪と向き合い、更正したと言える。

ところで、『悪夢』が発表されたのは1980年5月。作中には次のようなキャプションが付けられていた。

1978年までの調べでは、彼女はいまだにムーア・コート開放刑務所で刑に服している。
おそらく、これからも……

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

奇しくも1980年5月、メアリーは釈放された。

イギリスにおける「開放刑務所」とは釈放が近づいた囚人が収容される施設で、刑務所の外に出て仕事をするなど、社会復帰の準備をする役割を担っている。

『悪夢』に描かれた法廷のシーンや、少年施設でメアリーが性被害に遭ったこと、刑務所時代に一度脱走して捕まっていることなどは、事実の通りだ。
女性たちが長椅子に座って高級下着の話をしているシーンは、もしかしたら刑務所の中であったという、女性同士の同性愛をほのめかすものかもしれない。
一方で、メアリーが自分の世界に閉じこもって精神的に成長しないことや、夢と現実の区別がつかないほど混乱しているといった描写は事実と違う。

メアリーは知的に成長し社会に適応できると認められたからこそ、釈放されたのだ。

サスペンスとして『悪夢』を読み、結末の謎解きに驚いた後で、『魂の叫び』を読むと、事実と全然違っているということに二度驚かされる。

実際のメアリー・ベルの半生

ジッタ・セレニー著『魂の叫び』によれば、メアリーの半生はこうだ。

メアリーの母は、1957年にメアリーを生んだときから愛情の薄い母親だった。
他の家族の話では、メアリーは4歳までに幾度も薬を誤飲して死にかけている。メアリーには母親から無理に薬を飲まされた記憶があった。
4~5歳頃から、メアリーは娼婦であった母親の手引きによって、客と思われる男性から性的虐待を受けたという。その他にも母親から殴られたり、鞭で打たれたりの暴行を日常的に受けていた。
母親はこのことを他の家族には隠し、メアリーもそれに従った。
メアリーと母との共依存関係は、メアリーが殺人の罪で収監された後も長く続いた。

メアリーは11歳で少年施設に入ると、愛情ある大人たちの手によって教育を受けた。
16歳で刑務所に移され、18歳で集団セラピーを受ける。20歳で開放刑務所に送られ、仮釈放になることへの不安から精神的に不安定となる。脱走事件、自殺未遂を経て、22歳で釈放された。
メアリーは刑務所の外に出ると、法律上の名前を変えて生活するようになった。
27歳で娘を出産。保護監察官や担当弁護士の努力により、子どもの保護監督権を得た。
29歳で結婚が破綻し、現在のパートナーとなる男性と出会う。男性と娘と三人で暮らすようになったが、住民に身元を知られてしまい引っ越した。
37歳で母親を亡くしたことを契機として、40歳でジッタ・セレニーの取材に応じ、『魂の叫び』が書かれた。

なお、この本が出版されたことによって、メアリーはマスコミに追い回されるようになり、娘に犯罪歴を知られてしまったそうだ。その後は、身元を隠して静かに暮らしているらしい。
2019年現在、メアリーは61歳になっている。

私の感想

『悪夢』は、山岸先生が当時知り得た情報を元に、11歳のサイコパスがどういう人物であるのか想像して描いたフィクション作品である。

実際のメアリーも、11歳の頃にはトラウマと深い精神的混乱の中にあったと思われる。
しかし10年間の拘禁生活において、混乱を解きほぐし、自分のやったことを認めて次第に成長していった。事実は小説より奇なりだ。

山岸先生の作品がなければ、私がメアリー・ベル事件に興味を持つことも、600ページにも及ぶ『魂の叫び』を読むこともなかっただろう。
著者のジッタ・セレニーが本の中で終始訴えるのは、年少者が犯罪を犯したときに大人と同じ法廷で裁くべきではない。そこまでに至った背景を理解し、彼らに必要な医療的措置なり教育を与えて、正しい方向に導くべき、ということだ。私もその意見に賛成である。

山岸先生は一体、どこまでメアリーの心理背景をご理解しておられたのか。
『悪夢』に登場する母親の派手な身なりと酷薄そうな表情、また、施設の職員から性被害を受けた衝撃のシーンの描かれようには、メアリーのトラウマが暗示されているように思える。

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

出典:山岸凉子『悪夢』1980年

表現者としての山岸先生の鋭い視線を感じるサスペンス作品だ。

『悪夢』は、『山岸凉子スペシャルセレクション5巻 天人唐草』の中で読むことができる。

  • 初出:『マンガ少年』1980年5月号
  • 所収:潮出版社『山岸凉子スペシャルセレクションV 天人唐草(てんにんからくさ)』所収
山岸凉子が「津山三十人殺し」をモデルに描いたサスペンス『負の暗示』
山岸凉子が「津山三十人殺し」をモデルに描いたサスペンス『負の暗示』津山事件(通称「津山三十人殺し」)とは、1938年に現在の岡山県津山市加茂町の集落で起きた殺人事件である。 単独犯による事件で、即死者2...
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黒いジョヴァンナ
生来のホラーマニアで、学生時代には『新耳袋』『怖い本』『東京伝説』などを集め読破した。漫画好き、映画好きでもある。