『新耳袋』で一番こわい話はどれか、と言ったら「山の牧場にまつわる十の話」を勧める。この一連の話は4巻の最後に収録されている。短い話ばかりの『新耳袋』において、40ページも続く長い話はちょっとめずらしい。
この記事では「山の牧場」のおもしろさを紹介する。
目次
【原作】山の牧場 全話あらすじ
その1:大学の卒業制作で映画を撮っていた中山市朗は、故郷の兵庫県でロケを行った。最終日、地元の友人F君に車を出してもらい高い山を探し求めていた中山らは、細い山道をのぼった山頂に牧場らしきものを見つける。
人の姿はなく、2棟の牛舎も空っぽ。設備は新しく、そもそも牛を飼った形跡がない。屋根には強大な半球状の窪みがあるほか、あちこちに不審な点が多い場所だった。
その2:牧場には2階建ての建物があった。1階は扉がない空間に、石灰がただ山のように積まれている。2階は和室のようだが、建物には階段がない。裏の崖から庇に飛び移り、窓から侵入した。L字の廊下と部屋が2室あって、床には雛人形や博多人形。壁には大量のお札。部屋と部屋を隔てる襖には、白いペンキで「たすけて」の文字が書かれていた。
その3:2階建て建物の隣には木造の平屋があった。引き戸を開けると、中には2m近い高さの巨石がそびえたっていた。てっぺんはテーブルのように平らになっており、食器が並べられていた。気づけば夕刻。中山らは無言のまま山を下りた。
その4:一行は実家に戻り、たまたま遊びに来た地元の友人と顔を付き合わせて、見たものを話し合った。
牛を飼った形跡がないのは奇妙だ。また細い山道をどのようにして資材を運び入れたのか。お札や人形はなんのためか。二階建ての建物が宿舎だとして、トイレや風呂や、台所もなかった。もしや、UFOの基地では……。
後日譚その1:中山らが大学へと戻った後、高校時代の後輩Kがあの牧場に行ったと報告してきた。Kの友人は写真を撮ったらしい。焼き増しして中山に送ると約束したが、ついに写真は送られてこなかった。
2か月後気になってKに連絡すると、写真を撮った友人は下宿先を引き払い、実家も引っ越しして消息が不明だという。
後日譚その2:地元で小学校の教師をしている同級生がある日、電話をかけてきた。真昼間小学校でUFOを見ている。たった今、リアルタイムで、他の先生も見ているという。UFOが向かっていった方角は北。牧場のある方角だった。
後日譚その3:友人のY君の話では、その地域では初夏ごろ男性たちが山に入って草刈りの奉仕作業をするのが恒例だという。昼になると、男たちは毎回ある場所で弁当を食べるそうだ。樹木のない草原の斜面で、地面から岩石がいくつも突き出している。その場所で四股を踏んで遊ぶと、ズゥーンと山が響く。だから、あの山は空洞なのだとY君は力説した。
後日譚その4:5年たち、あのとき運転手をしてくれたF君は小学校の教師となって、牧場がある山の分校に赴任したという。今は経営者が入っていて、実際に牧場として使用されているらしい。小学校の行事で使わせてもらうよう交渉しており、所長に会いに行くというので中山もついて行って話を聞いた。
所長の話では、7年前、神戸の医者が道楽でここに牧場を作った。経営に行き詰まって、4、5年前に倒産し、その後町役場の要請で新しい経営者に代わったという。
この時、中山は牧場を見てまわったが牛の姿はなかった。牛舎の周囲は目隠しされ中が見えない。鳴き声もしなければ、匂いもしなかった。
後日譚その5:友人のY君が、牧場に行って撮影したという十数枚の写真を見せてくれた。二階建ての建物に庇はなくなっていた。
ある時、中山はローカルの深夜番組でタレントのMが取材に行っているのを見た。建物に階段がないことについて、従業員は「隣に建物があって、そちらに階段があった。建物を壊したら階段がなくなってしまった」と説明した。またMさんは、牧場には大きなトイレがあって男子用の小便器が十数個もあったことを報告していた。
後日譚その6:中山は所属しているタレント事務所の若手タレントたちに誘われて、牧場まで道案内することになった。真夜中に車で山道を登った。道幅が広くなっており、地形も変わっているようだ。三階建ての建物があり、明かりがついているのを確認して引き返した。
頂上ではUFOでもないかと期待して空を見上げると、満天の星空だった。
山を下り始めてすぐ、空を厚い雲が覆い、雲間から満月がのぞいていることに気づいた。ついさっきは雲ひとつない星空、月も出ていなかったのに……。
巻末付録:2ページの見取り図。1ページ目は牧場内の建物の配置などについて。2ページ目は2階建ての建物の間取りと、内部で見た奇妙なものについての手書きのメモ。
私の感想
この話は意味不明でこわい。中山先生が「いかにも人が嫌悪をもよおす不可解なものばかり」と評した通り、その1〜4までで描写されているディテールは気持ち悪いものばかり。さらに、巻末に収録された手書きの見取り図がトドメをさす。
私はこの見取り図を見たとき「本当にあった話なんだ……」とリアルに感じ取って、ぞっとした。ノートのような罫線のある用紙に走り書きで記されたメモが生々しくて、こわい。
また、この章の前段には『UFOの八つの話』が挿入され、『黒い男たち』のエピソードが収録されていることに意図的なものを感じさせる。『新耳袋』の文庫版を初めて読んだとき、相互の関連性に気づき身震いした。コミック版ではもっと明確に関連性が示されている。(後述。)
コミック版『山の牧場』
鯛夢先生によるコミック版は、2013〜2014年にかけて『コミック特盛 新耳袋アトモス』に掲載された。2014年に単行本が出版されており、現在もkindle版が入手可能だ。
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鯛夢先生の作画は緻密で、細部まで「こうなっていたのか」とわかりやすい。赤いトタン屋根の牛舎。壁に描かれた謎の文字。(よく見ると、見取り図の中にもメモとして記されている。)巨石でできたテーブルなど……。
原作でははっきり書いていないところ、コミック版の方が詳しいところもある。
まず年号。最初に牧場を訪れたのが1982年夏。K君らが牧場を訪れたのがその10日後。小学校教師のF君と再訪したのは5年後。同じ事務所のタレントらと訪れたのはその3年後。
……というようにコミック版では詳らかに記されている。
体験者も原作ではどちらか明かされていないが、コミック版では明らかに中山先生として描かれている。さらに同行した人物の名前も詳しく設定されている。
冒頭の一文も詳しく書かれている。
カジモト君、このコミックスを読んだらホーム社コミック編集部か角川書店文庫編集部までご一報ください。
つまり、1982年に中山先生が初めて行った後、10日後に現地を訪れた友人のK君(カジモト君)と中山先生・木原先生らは連絡を取りたがっているのだ。
なお、このカジモト君の友人が、1982年当時に現場で写真を撮っている。中山先生ら撮影クルーが一切記録を撮らなかったのに反してである。
逆になぜ、彼らは持っていたビデオカメラ等を使わなかったのか。それは、前日に木原先生が宴席で語ったある怪談を聞いていたから、と『コミック新耳袋』には記されている。
その話が『黒い男たち』。原作でも『山の牧場』の前段に収録されているエピソードだ。UFOを写真に記録した少年が失踪する話。
『コミック新耳袋』では巻末にこのエピソードが紹介されており、合わせて読むことができる。
『山の牧場』考察
『新耳袋』によると1983年頃に経営者が現れ、牧場は実際に使用されていたらしい。その際建物には人の手が加えられ、階段のない二階建てにも「隣に建物があって……」など合理的な理由づけがされた。
しかし、その後牧場は廃墟となってしまった。インターネット上にいくつも動画があって、人々が廃墟になった牧場を探索している。中山先生本人による解説動画(有料放送の『怪チャンネル』)もある。
中山先生の話はでっちあげで何もふしぎはないのだとする説も見たが、こうした説は中山先生本人が明確に否定している。
私にしてみれば、UFOの基地とする説の方が夢があっておもしろいと思う。
写真を撮った人が行方不明になっている話は木原先生の怪談(『黒い男たち』/『新耳袋』第4夜)とリンクしていて、おもしろい。
インターネット上には牧場で撮った写真がいくつも散見されるが、中山先生らが最初に訪れた1982年頃のものはあるのだろうか。「新しい経営者」がやってきたという、1983年以降のものしかないのでは……? どうも、その辺りで証拠の隠滅が図られているふしがある。その後の写真をいくら検証してみたところで、本当に危ないものは写ってやしないだろう。
この話は、真相に近づきすぎると危ないのかもしれない。
祭祀を思わせる巨石や、人形たち、大量に集められたお札など、詳しく究明しない方がいいのではないだろうか。謎は謎として、そのままに楽しもうではないか……。
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