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アート

『芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師』展を訪れる

『芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師』展を訪れる

2018年8月初旬。東京・練馬区立美術館で開催中の『芳年』展を見てきた。

月岡芳年(つきおか・よしとし)は江戸末期から明治にかけて活躍した絵師で、「最後の浮世絵師」と呼ばれている。明治維新のきな臭い世相を反映し「血みどろ絵」「無惨絵」の名手として数多くの作品を生み出した。西南戦争では戦場で傷ついた兵士たちを間近に見てスケッチし、よりリアルで生々しい表現に磨きをかけている。
また晩年には浮世絵の決まりきった表現様式を脱し、新しい表現をしようと試みた。その真骨頂が『新形三十六怪撰』である。ここに描かれたのは「怪」なるものの新しい形。芳年は生涯奇怪なもの、怖いものを描き続けた絵師でもあった。
当ブログではそうした「怪」なる一面に焦点を絞って、芳年の作品を紹介してみようと思う。

なお、今回の展覧会は株式会社アートワンの企画によるもの。個人コレクター・西井正氣氏の所蔵品から選りすぐりの263点を展示し、15年ぶりの大規模展覧会となった。

会場は島根を皮切りに京都・札幌・神戸・山梨と本州をまわり、東京・練馬では2018年9月24日まで。最後は高知県立美術館で、2018年10月28日〜2019年1月6日まで展示される予定だ。

公式サイト株式会社アートワン

目次

練馬区立美術館はこんなところ

私が練馬区立美術館を訪れるのは今回が初。「こじんまりした美術館だろう」と想像しつつ西武線・中村橋の駅に降り立った。駅から徒歩3分。遊具やオブジェがそこかしこに配置された広い公園の中にあって、想像よりずっと立派な建物であった。
練馬区立美術の森緑地 練馬区立美術館

公式サイト練馬区立美術館

順路は2階展示室から1階へと階段を降りて続く。ゆっくり見学すればおよそ2時間といったところだろう。ほとんどの絵は額装され壁掛けの状態で展示されており、至近距離から見られるのがうれしかった。江戸から明治にかけての華麗なる多色刷りの浮世絵を飽きずに眺めた。

展示作品の紹介

絵のモチーフの多くは古典文学に由来する

歌舞伎やお芝居に度々登場する有名キャラクターをモチーフにしたものは比較的背景を理解しつつ楽しむことができた。しかし平家物語など武者を題材にしたものには疎いので、サッパリだった。浮世絵を楽しむにはどうやら古典知識が必須らしい。

私が興味をそそられたのは、妖怪を描いた『和漢百物語』のシリーズと、当代の妖術使いがずらりと並んだ『豪傑奇術競(ごうけつきじゅつくらべ)』三枚続の図柄が二組。

『和漢百物語 頓欲ノ婆々』1865年『和漢百物語 頓欲ノ婆々』1865年 図録p33


単体の作品では、火消しが一斉集合した祭りの様子を描いたスペクタクル『江戸の花子供遊の図』と、細かな墨の線によって雨を表現した『はなの夕立ち』が見事だった。

また西郷隆盛を描いた一連の作品からは、当時の人々がいかに西郷を愛しその死を惜しんだかが伝わってきて、おもしろかった。中には冥界から甦った西郷が土気色の顔して佇む姿まで……。(『西郷隆盛幽冥奉書』)

『西郷隆盛霊幽冥奉書』1878年『西郷隆盛霊幽冥奉書』1878年 図録p122

これには不謹慎ながらクスッときてしまった。芳年流の風刺画だろうか。

「血みどろ絵」と「無惨絵」

圧巻は、芳年が兄弟子にあたる落合芳機とともに画題を分けあって合作した『英名二十八衆句』。恐るべき血みどろ絵のシリーズである。
モチーフは知らない人物ばかりだったが、当時の江戸の人々にとっては有名な人なのだろう。画面上部には「いわく」を書いたものと出典が記されている。

刀で切りつけた人物から血が滴る様子。逃れようとする人のものだろうか、体には血の手形がべたべたとつけられ……。凄惨な場面と本物と見まごうばかりの血の濃淡に、こわいもの見たさで、つい見入ってしまった。

図の紹介は略すが、逆さ吊りされた妊婦の下で鬼婆が包丁を研ぐ『奥州安達がはらひとつ家の図』には強烈なインパクトがある。晩年の芳年には、血の一滴も描かなくても凄みがあっておそろしい。

貴重な版木も展示

『新形三十六怪撰』の中の『老婆鬼腕を持去る図』は、茨木童子が渡辺綱をだまし老婆の姿に化けて自分の腕を奪い去るシーンを描いている。

『新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図』1889年『新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図』1889年 図録p198

完成した版画とともに版木が展示されており、線の細さに感嘆した。いずれ名のある彫り師の手によるものに違いない。

『新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図』版木 1889年『新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図』版木 1889年 図録p198

 

浮世絵の完成品は現在まで数多く残されているが、このような版木はどうなってしまったのか。これらもまた美術館や愛好家のコレクションとして大切に保管されているのだろうか……。

私の感想

浮世絵鑑賞・初心者なりに、絵の美しさに感動し楽しんで見学してきた。

絵のモチーフがわからないものだらけだったので、次回展覧会が開かれるときまでに勉強しておきたい。浮世絵はマンガに近く、視覚的・直感的に楽しめるものだが、描かれた背景やストーリーを知るとより理解が深まりおもしろいと思う。

読みごたえのある図録

めったにない機会と思い、分厚い図録も買ってしまった。ハードカバーで2,500円。(税込)

『芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師』図録『芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師』図録

インクの良い香りがぷんと鼻をつく。

大型の本で色鮮やかな絵が楽しめるのはいいのだが、やはり実物の版画の美しさを見たあとで印刷は敵うわけもない。「あれも良かった、これも良かった」と、本物を思い出すよすがにするのみだ。
また、鑑賞中には解読できなかった絵の中の「いわく」もゆっくり読み解いてみたい。

西井正氣氏のエッセイ『芳年蒐集譚』がおもしろかったし、編集委員による解説文がおさめられているのも良かった。展示に添えられていたキャプションも巻末にまとめて収録されている。画集などと比べると割安に感じる。
次に開かれるのはまた15年後かもしれないから、お好きな方は購入されるといいだろう。

『芳年』展、東京会場では2018年9月24日まで開催されている。

ABOUT ME
黒いジョヴァンナ
生来のホラーマニアで、学生時代には『新耳袋』『怖い本』『東京伝説』などを集め読破した。漫画好き、映画好きでもある。