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この記事では、2012年に刊行された諸星大二郎先生初の画集『不熟』を紹介する。
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出会いは『栞と紙魚子』だった
私が諸星先生のマンガを読み始めたのは『栞と紙魚子』の文庫から。
1話目の胃の頭公園で生首を拾う話は不謹慎だし気持ち悪いなと思ったが、『ためらい坂』のケーキ店におんなじタンクローリーが何度もやって来て突っ込む話はシュールでおかしくて、ふふっと笑ってしまった。『クトルーちゃん』で、クトルーちゃんのお母さんの顔が出てきたときに「この絵はすごい」と思った。諸星先生の絵はクセがあるし端正とも言えない、だけどすごいのだ。
『夜の魚』で巨大なリュウグウノツカイが住宅街をすり抜けているシーンを見たとき、私の中でマンガ家・諸星大二郎は不動の地位となった。諸星先生は幻視者としてもずば抜けているし、読者の頭にアニメーションのような「動き」を喚起させる力が強い。
2018年開催の原画展の内容
その後、パートナー(えむさん)と共同で少しずつ著作を集め、2018年『文藝別冊・大増補新版』刊行記念の原画展にも足を運んだ。
『文藝別冊』は2011年に出版されたムックに100ページも追加して改訂されたもので、単行本未収録マンガ3本・描き下ろしカラーマンガ・星野之宣先生との対談・ほかカラーイラストなどが追加されている。
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この原画展ではおもに『文藝別冊・大増補新版』に収録されたカラーマンガ・幻獣神話展に出品された作品・最近出た単行本のカバーイラスト(新装版『栞と紙魚子』、『あもくん』など)が多数展示されており楽しめた。特に最新のカラーイラストは、水彩向きのデコボコした用紙に柔らかい色鉛筆のようなタッチで描かれ、着彩も少し下地が透けて見える水彩画調に変化しているのがよくわかった。
2012年までのイラストを集めた画集『不熟』の内容
配色の美しさ
一方画集『不熟』に収められた過去の作品は油彩のようにこってりと塗り重ねられたものが多い。(画材はアクリル絵の具ではないかと思う。)
なにより驚いたのは配色のセンスだ。「ここにこういう色を持ってくるか!」という、奇抜な色使いが美しい。
『マッドメン』ではニューギニアのカラフルなボディペイントや全身の装飾、古代中国を舞台にした作品群では暗闇の中に浮かび上がる人物像が印象的だ。『無面目』では5人の人物と龍を配置した画面構成に五色を巧みに配当して古代中国思想を表現している。
単行本の表紙で何気なく見ていたイラストも、大画面で見ると一枚絵としての良さが際立つ。
『栞と紙魚子』『西遊妖猿伝』など新装版が出ているものは表紙が変わっているので、昔のイラストをまとめて見られるのが非常に良かった。
繊細なモノクロイラスト
モノクロのイラストではカバーを取った本体の表紙に印刷されている『荒野の人たち』『パンの神』が良かった。こちらは銅版画のように細かく引っかいたようなタッチで繊細に不安な世界が表現されている。
『パンの神』に描かれた人は上半身が山羊、下半身が人の姿でラッパを唇に当てている。ギリシア神話の神であるが、ちょっと悪魔的な不安なイメージのイラストだ。『不安の立像』とほぼおなじ構図である。
ストーリー性豊かな世界
またp93の『カタツムリ』という作品は、『文藝別冊・大増補新版』に収録された描き下ろしカラーマンガの『カタツムリの話』の表紙と同じ構図である。元の絵に2人の人物が描かれているのをマンガでは雌雄に描き分けて、ストーリーを展開している。
このように諸星先生の頭の中にはなにかしらのストーリーがあって、お話を一枚絵の中に織り込んで描くから、見る側はいまにも動き出しそうな感じを受けるのだろう。
酒見賢一・著『陋巷に在り(ろうこうにあり)』のカバーイラスト全13巻を手がけていたのも発見だった。孔子の愛弟子・顔回を主人公とした大河小説で、これもおもしろそうだ。
高橋葉介先生との対談も
イラストを眺めていると、ページの間に一枚紙が挟み込まれていて「スペシャル対談×高橋葉介 カバー裏に掲載」をあった。
そんなことって、ある!?
『海の女』(ターコイズブルーの海に巨大な女性が横たわる姿)のイラストを印刷したジャケットの裏側に、モノクロで対談が印刷されていてビックリした。これは、この紙がなかったら、気づかないのでは……。
終わりに
大判で見ると迫力があって「動き」を喚起させるため、まだ読んでいない作品も「ああ、これも読みたい」となる。『不熟』はイラストが内包するストーリーと共に、飽きずに何度も楽しめる画集だ。
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