Twitterでおもしろそうな本を見つけた。
ツイ主によれば、雨宮淳司・著『恐怖箱 怪医』の中の一編らしい。
早速Kindle版をダウンロードして読んだ。
雨宮淳司は1960年北九州生まれ。医療に従事する傍ら、趣味で実話怪談を蒐集している。2006年に実話怪談コンテスト「超-1」に参加し、優秀作品を集めたアンソロジーに『直腸内異物』が掲載されたことで話題を呼んだ。
2008年に出版された『恐怖箱 怪異』は初の単著である。
著者は看護師の身分を生かし、病院にまつわる怪談を多く集めている。「亡くなったはずの患者がナースコールで呼んでいる」とか、その手のよくあるタイプの話は一つもない。自身が実話系怪談『「超」怖い話』シリーズの読者というだけあって、どれも新鮮で切れ味が鋭く、禍々しい話ばかりだ。
この記事では、医療系怪談・3部作の『怪医』『怪癒』『怪痾』をまとめて紹介したい。
『恐怖箱 怪医』(2008年)
- 羽音
- 繭の中
- ディプロピア
- 刺青
- 正露丸
- おまけ
- 泡音
- ローレライ
- ぞろびく
- 八角様
- 雑巾様
- ビニールグローブ
- ヘアートニック
- 表と裏
- 饂飩(うどん)
- 回廊
全16話収録。
何も悪いことをしていないのに他人の災禍に巻き込まれて、突然の被害に遭う『繭の中』『ディプロピア』が怖かった。
また『正露丸』というエピソードに、暗闇の炭鉱で遭遇した「人間の魚群」のくだりがある。日常ではあり得ない怪事件を扱っているのだが、雨宮先生の文章からは生々しい映像が目に浮かぶようで気味が悪かった。
それから、なんと言ってもこの本を読むきっかけとなった『回廊』が良かった。狂った目的のため、行き止まりのない回廊を作らせて愉しむ家の主の心理が恐ろしい。
読みながら、鯛夢・著のコミック『ほんとにあった怖い話 1巻』所収の『あかずの間を造った話』を思い出した。
ある旅館で出入口のない三重の回廊に囲まれた「あかずの部屋」を作り、中に神様を呼び入れようとしたところ、儀式に失敗し、施主がしっぺ返しを受ける話だ。
「あかずの間」には《魔》が棲むと言われる。わざわざそういう空間を作るのは呪術的な意味があって、普通の人の手には負えない可能性が高い。
案の定、『回廊』の主人にも最期には因果応報となった。
因果がめぐる話は怖い。
『恐怖箱 怪癒』(2009年)
- 拳骨様
- メドゥーサの頭
- シズル
- 龍藏
- 戻り蝶
- マンモ
- もしもピアノが弾けたなら
- 誓願図
- 網
- 蛇の杙(くい)
全10話収録。
この中で私がおもしろかったのは『シズル』だ。主人公の青年があることをきっかけとして感覚異常に陥り、世界から生々しい現実感を失ったことを「シズル感がない」と喩え、タイトルにしている。
シズル(sizzle)とは、食材が高温で焼けてジュージュー音を立てる様子を表した英語。そこから意味を転じ、「シズル感」と言えば、五感に訴えかける生々しい質感を表すようになった。
青年の友人の看護師によれば「現実感の喪失は、ひどく思い詰めていたことが急に叶ったときに起こる」らしい。このように、話に絡めてところどころに登場する医療知識もおもしろい。
青年の感覚は廃墟で怪異に遭遇し、撃退したことをきっかけに戻ってくる。ここでは、心霊体験がショック療法となったようでちょっと可笑しい。
ラストの『蛇の杙』も因果応報の話だ。「蛇の杙」とは、指先から出てくる白い毛のようなもので、特別な能力を持つ人だけが体内から出すことができるという。私は、アニメにもなった『蟲師』の《蟲》に似たものを想像した。
結末では、唐突に伝奇アクションホラーみたいな超展開が巻き起こり、もはや実話怪談というより完全に小説の体をなしている。
『恐怖箱 怪痾』(2009年)
- 蜘蛛女
- 火袋
- 清水の舞台
- 俳縁
- 雪待ち笹
- シュールストレミング
- 井戸のあるアパート
- 七人の禿
- すわす
- 集団肖像画
全10話収録。
「まえがき」に、最後の話を読むのは「あくまで自己責任で」と書いてある。私はなんのことかわからず読んだ後、巻末にある『集団肖像画 付記』を読んでヒヤッとした。
簡単に言うと『集団肖像画』はある家族に掛けられた呪いの話で、もしかすると著者や、読んだ人にも累が及ぶ可能性がある……というのだ。
(ただし、奇数年生まれの人は呪いを免れる。)
慌てて検索したら、同じような人が多数いて、怒りの声を上げていた。
来年末あたしが死んだらこの本のせい。何てもん読ますんや!
『読書メーター』より https://bookmeter.com/books/395932
これは澤水月さんという人物による、2010年2月のコメントだ。この方は2020年5月現在、現役で『読書メーター』に投稿しておられるので、まず心配ないだろうと思うが……。
呪いを心配する人・暗示の強い人は『集団肖像画』は読まない方がいいだろう。先に、そのことを警告しておきたい。
ちなみに、話自体はおもしろかった。
この本は他にも禍々しい話が多く、おすすめだ。私がダントツで好きなのは『雪持ち笹』。
雪持ち笹(ゆきもちざさ)は、日本の家紋の一種。5枚の笹を広げる「篠笹」の上に、雪の結晶を表す六花の「雪」の半分を被せた図案である。
Mukai – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる『雪持ち笹』
緒沢さんの父は、雪の路上で倒れて亡くなった。
警察の話では事故などの形跡はなく、父は「雪持ち笹」の柄の入った着物を手に持って側溝に倒れていたらしい。
発見した人はもっと不可解なことを言っていた。お父さんが倒れていた近くには、着物を着た案山子(かかし)のようなものが立っており、首や手をプラプラさせて踊っていたと。
緒沢さんは、その話を真剣に取り合わなかったのだが……。
前半部を読み、「これ、《くねくね》じゃないの?」と戦慄した。
《くねくね》とはネットロアとして伝わっている怪異で、田んぼなどに現れ、見る者を狂わせるという。遠目に見た人によれば、クネクネ踊る案山子みたいな姿をしているらしい。
エピソードの後半では、緒沢さんが父の庭にあった物置の中で、怪異に遭遇する。
それは、人のような形をしているが人ではない禍々しいものだった。どんな姿か詳しく描写している部分も怖いし、緒沢さんのすぐ近くに突如迫ってくる緊迫感が怖い。
次の『シュールストレミング』は、看護師が集まって強烈な臭気を持つニシンの缶詰《シュールストレミング》を開けたら、近くにいた死霊を吸い寄せてしまい、消臭剤を噴射しお経を唱えて追いはらったという話だ。
「心霊にはファブリーズ」と俗に言われるが、香りには一定の効果があるのかもしれない。ユーモラスな話でおもしろかった。
『すわす』も不可解な話で、怖かったな……。
なお、本の題名に使われている痾の文字は、治らない長引く病気を示している。
まとめ
『怪医』『怪癒』『怪痾』の3部作は、病院にまつわる怪談を中心に、著者の体験談や病院関係者などから聞き集めた話を収めたシリーズだ。
病院と関係のない話でも、ひょんなところで病気が関わったりして、著者の豊富な専門知識に裏付けられた「医療ドラマ」としての一面もある。
多くは小説形式になっており、人物の背景や心情まで細かく書き込まれて臨場感がある。それが「実話っぽくない」と感じる人にはおもしろくないだろうが、私は非常に楽しんで読んだ。
1冊目の『怪医』のみが電子化されており、他の電子化が待たれる。
2020年5月現在『怪医』と『風怨』『魔炎』、共著の『煉獄怪談』などが電子化されており、Kindle unlimitedの読み放題に入っているので、未読の人は会員登録して読むのがおすすめだ。
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