『イット・フォローズ』がAmazonプライム入りしたのをきっかけに2度目の鑑賞をした。
アイデアはシンプルだが、味わい深い作品だ。
この記事では追ってくる「それ」の正体や、結末の意味、赤いパーカーの少年の謎について解説・考察する。
目次
ストーリー
大学生のジェイ(ジェイミー)は交際を始めたばかりのヒューとセックスした。
事が終わると、ヒューはジェイを眠らせ、廃墟の駐車場に連れて行き、このように告げた。
「あるもの」を君に移した。「それ」は人間の姿をして自在に変身し、どこまでも追ってくる。なるべく早く誰かと寝て感染させろ、君が殺されれば俺に返ってくるから……と。
草むらから裸の中年女性が現れ、ゆっくりと2人に近づいてきた。
混乱するジェイをヒューは家まで送り、行方をくらませた。彼は偽名を使って家まで借りていたらしい。初めから計画的だったのだ。
ジェイの前に「それ」は時々現れた。
ネグリジェ姿の老女だったり、半裸の濡れた女だったり、親しい人の姿をしていることもあるが、無言のままゆっくりと歩み寄ってくる。
ガラスを割り家の中にも侵入するので、ジェイは半狂乱になった。
この先、後半のストーリーと考察・解説ではネタバレ全開となる。
ネタバレを知りたくない人は、観賞後に読むことをおすすめする。
後半ストーリー・結末ネタバレあり
妹や友人たちが心配して泊まり込みで付き添ってくれた。
隣家に住むグレッグもその1人だ。
みんなでヒューが住んでいた家を見に行くと、そこは廃屋で、ポルノ雑誌に挟まれていた写真からヒューの身元がわかった。
自宅に押しかけると、ヒュー(本名ジェフ)は正直に話してくれた。
バーで会ったゆきずりの女からうつされた。ジェイにうつした後も時々「それ」は現れている。本当に申し訳ない。「それ」は毎回歩きだから車で逃げれば時間を稼げる。だれかに移して逃げ切るようにと……。
グレッグの別荘にみんなで行ったときも「それ」は白昼堂々現れた。
ジェイ以外の人には姿は見えないが、友人・ポールは投げ飛ばされ、納屋の扉は破られ、ジェイが銃で撃っても起き上がり追ってきた。
グレッグだけは少し離れた場所にいたため、信じられずにいた。
グレッグとジェイは同意の上でセックスをした。翌日、グレッグは母親の姿をした「それ」に襲われ、殺された。
ポールの発案で、ジェイたちは市民プールに忍び込んだ。ジェイが水着を着て水の中に入り「それ」をおびき寄せ、感電させて撃退しようと考えたのだ。
他の人には姿が見えない「それ」は、プールサイドに準備した電化製品をジェイに向かって投げ、攻撃してきた。ジェイの妹がすばやく近づいて「それ」に布をかぶせ、ポールが銃で頭部を撃ち抜いた。
ジェイだけに見える真っ赤な血が水中に広がった……。
「それ」は死んだ父親の顔をしていた。
ジェイはポールといい仲になり、セックスをした。
2人で手をつなぎ道を歩いている背景には、歩み寄る人影があった。
解説・考察
ただ追ってくるだけの人が怖い
よく練られた秀逸なホラーだ。
冒頭「それ」に追われた少女が海岸で惨殺されるショッキングシーンがある。ここでわれわれ観客の心理に、恐怖が刷り込まれる。だからこそ、ただ追ってくるだけの人が怖いのだ。
「それ」は大抵の場合、全裸だったり、パジャマだったり、上下白っぽい軽装だったり……。外で見るには違和感のある格好をしている。
ジェイにしか見えない半裸の女が迫ってくるのも怖いし、別の部屋に逃げ込んだりして一瞬姿が見えなくなると、別の人物に変身しているのもまた怖い。ドアからはみ出すような2m超えの無表情の大男も怖いし、破られたドアの穴から侵入しようとする小男も怖い。屋根の上に立ち尽くす全裸の男も怖かった……。
友だちの姿をした「それ」
親しい人の姿で現れるバージョンも怖い。
例えば、海岸では友人ヤラの姿をした人物が背後からゆっくりジェイに近づいてきた。目の前の海には水着姿で遊んでいるヤラの姿が。同じ顔した人物が2人いることに気づかされる瞬間がショッキングだ。
また別のシーン。ジェイが二階から何気なく通りを眺めていると、グレッグの姿をした「それ」がグレッグ宅のガラスを破り、頭から飛び込むようにして侵入する場面を見てしまう。
ジェイが「それ」を追ってグレッグ宅に入ると、グレッグの母親の形をした「それ」が部屋の戸を叩き、グレッグに飛びかかるところだった。このときも大きくジャンプし部屋に飛び込んでいく動きが怖い。
このように、セリフや悲鳴ではなく動きや姿形で恐怖を伝える演出がよい。いろんなバージョンの恐怖を味わせてくれる。
「それ」の正体とは?
性交によってうつる「それ」には一体何の意味があるのか。
単純に考えれば、性感染症の脅威だが、そんな簡単なものではない。製作者へのインタビューによると、これは死の恐怖を表しているらしい。
生きている限り、死はゆっくりと近づいてくる。つかの間死を忘れさせてくれるのが睡眠であり、生殖の行為だ。だから全員そろって眠っているときや、セックスの最中には襲われないのだ。
大人は守ってくれない
追ってくる「それ」は大体成人の姿をしている。
一方、ジェイの周りの大人たちは、ほとんど役割を果たさない。ジェイの母親はほぼ全ての出演シーンでカメラに顔を見せないようにしており、顔が映るのは唯一ジェイが負傷したとき。病室で居眠りしているシーンだけだ。
グレッグの母も同じく。「それ」の姿で出現したときに初めて顔を見せた。
2つの家庭に父親は不在だ。また、その他の大人たちもほとんど顔を見せないし、物語上重要な役割を果たすこともない。
肝心なときに大人は守ってくれない。だから、10代の若者たちだけで闘わなければならないのだ。
舞台はデトロイト郊外、2015年頃
背景にやたらと廃墟が映り込むのが気にかかる。
例えば、感染のきっかけとなったカーセックスのシーン。ヒューが車を停めたのは全く人気のないマンションのそばだ。次に、ジェイはマンションの1階と見られる朽ちた駐車場内に連れ込まれる。
その後もドライブするたびに、立ち並ぶ廃屋やシャッターにスプレーで描かれた落書き(グラフィティ)が目につく。
地名が判明するのは終盤、プールに向かう道中のことだ。友人のヤラが「昔、親から8マイル通りを越えるのを禁じられてた」と口にする。
ミシガン州デトロイトにある8マイル通りは、都市と郊外とを分ける境界線、そして貧困層と富裕層を隔てる境界線でもあった。
作中ではメインキャラクターとして黒人が登場しない代わりに、中心部の路上にたむろするのは黒人ばかり。人種の分離が当たり前になっている風景を示唆している。
時代背景はぼかされているが、廃墟からすればデトロイトが財政破綻した2013年以降、映画が作られた2015年と同時代と見られる。
テレビはブラウン管。車にはカーナビもなく、ジェイや友人たちがスマートフォンを使うシーンもない。一方で、ヤラだけは貝殻型のタブレットで小説を読んでいる。また、冒頭で殺害される少女は携帯電話で話していた。
最新の機器をなるべく登場させないことによって、時代に左右されない普遍性を与えようとしたのだろう。
結末の意味
結末では、手をつないで歩くジェイとポールの背後をついてくる若者の姿が見える。この人物が「それ」なのかどうか、解釈が分かれるところだ。
基本的に「それ」は裸に近い格好か白っぽい服装で統一されており、軽装なのが特徴だ。例外は、ヒューが映画館で見たという黄色い服の少女のみ。
この法則でいくと「それ」ではないように思える。
また、ジェイはグレッグが死んだ夜に一人で海岸に行き、ボートで遊ぶ男たちに近づいていった。一方、ポールもジェイと寝た後、車で出かけ、通りに立つ娼婦を物色していた。2人がセックスする前にジェイは別の男に移しているし、事後でポールはまた別の女に移しているはず。
この意味するところは……セックスにより死の恐怖はやや薄まるものの完全に消えることはない。ヒューがジェイにうつした後も時々「それ」を見ると言っていたように、いくら他人にうつし、拡散したところで、根本的には誰も死の恐怖から逃れることはできない。一生近づいてくる死の気配に脅え続けるのがわれわれの運命なのだ、というところだろう。
赤い服の少年の謎
謎はもう一つある。
序盤でジェイが自宅のプールに浸かって楽しんでいたとき、近所の少年2人が塀の外からのぞいていた。ジェイは「見えてるわよ」と声をかけるのみでさして気にしない様子だったが、2人のうち、赤いパーカーを着た少年はその後、2度現れる。
1度目は、ジェイがヒューのことで警察を呼び、病院で検査を受けた後、自宅へ戻ったとき。二階の洗面室にいると窓ガラスにボールが当たる。このとき屋根の上に少年が潜んでいた。
2度目は、終盤、みんなで市民プールに出かけるとき。自転車で通りかかった少年が車で出かけるジェイたち4人を見つめていた。
少年とジェイは顔見知り程度。少年の方が一方的にジェイに関心を寄せ、時々のぞいていたのだろう。
これらのエピソードが持つ意味とは……?
日常気づかぬうちに、軽いストーキングを受けていることを示している。ホラーの恐怖と日常の恐怖が背中合わせになっていることを示すものだろう。
終わりに
ここ1〜2年で観た純然たるホラーの中で、『イット・フォローズ』はベストと言っても過言ではない。(超常現象が起きないサスペンスを除く。)
純粋なホラーファンにおすすめの作品だ。なお、その他にベストと言えるものは『アルカディア』『残穢』『海底47m』あたりだ。
2020年8月現在、いずれもプライム会員特典として鑑賞できる。