アイルランド映画の『ホール・イン・ザ・グラウンド』を観た。
この作品は、新宿・シネマカリテで毎年開かれる映画祭『カリコレ2019』で日本初上映された。全部で数回しかない貴重な劇場上映日に合わせて、2019年8月、シネマカリテを訪れた。
目次
ストーリー《結末・ネタバレ》
シングルマザーのセーラは息子のクリスを連れ、田舎町に引っ越してきた。
ある日、セーラはいなくなったクリスを追って、家の裏の森に巨大な陥没穴を発見する。穴の中心は深くえぐれており、底が知れなかった。
その後、クリスは何事もなかったように家に戻ってきたが、いなくなる前とはどことなく様子が変わっていた。
隣家の老婆から「この子は、あなたの子ではない」と言われ、セーラは不信を感じ始める。クリスは以前と比べてよく食べるようになった。表情は少し暗くなった。
セーラが夜中に物音に気づき、そっとのぞくと、クリスは床に四つん這いになり、大嫌いだったクモを素手でつかんでムシャムシャ食べていた。
セーラはこの子がニセモノであると確信し、殺されそうになるが、なんとか反撃してニセモノを追いつめ、地下室に閉じ込める。
そして陥没穴へと向かうと、ズブズブと地面の下に沈んでいった。セーラは泥だらけになり、懐中電灯で照らしながら地中にある抜け穴を進んで行った。
地底には泥人形のような姿をした化け物たちが蠢いていた。
セーラはすかさず土に埋まったクリスを掘り出し、息子を抱えて逃げ出した。途中で化け物に追いつかれそうになり、懐中電灯で殴打すると、相手はセーラと同じ顔をしていた。
セーラは地上に這い出し、屋敷に火をつけて、息子共々田舎町から逃げ出した……。
考察・解説
オープニング場面は、セーラがクリスと二人でドライブしているところから。
山の中の一本道を上空からのカメラで映す様子は、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』を思わせる。
カメラはやがて上下逆転し、道路の先が逆さに空に落ちていくような構図となり、タイトルの「穴」に通じる。
オープニングからクリスが小学校に行くまでの数分間は、ほとんど母子二人きりのシーンが続く。母と子の仲睦まじさを描くと同時に、町外れの広い屋敷にたった二人きりという孤独感を強調している。
また、前半の朗らかで可愛らしいクリスと後半暗い顔で黙り込んでいるクリスとではキャラクターが別人のようで、《取り替え子》の伝承を知らない観客にも、何かおかしいぞと感じさせる。
《取り替え子》とはヨーロッパに古くから伝わる伝承で、アイルランドでは妖精の仕業と言われている。自分の子が妖精の子と交換され、好ましくない者に入れ替わってしまうとされる。
ホラー映画にありがちなパターンとしては、主人公が《取り替え子》に気づくが、敵と争った末、自分もよく似た別人と取り替えられてジ・エンド……と予想したが、この映画はそこで終わらなかった。
セーラが地底で怪物に出くわす場面は、シュールで、なかなかおもしろかった。
怪物の正体は、地底の暗闇でもぐらのような泥人形のような姿で描かれていたが、実態はどんなものだったのか……? 正体がはっきりと明かされない分、不気味だ。
この映画では「鏡に真実の姿が映る」とされ、割れた鏡の破片にチラッと何かが映るシーンがあったが、一瞬すぎて、私には見えなかった。ここはぜひビデオ化されたら確認したい。
結末では、セーラは息子を取り戻した後、新居にたくさんの鏡を置いて、取り替えられたらすぐわかるようにしていた。
つまり、ここでは息子が本物に戻ったという一応のハッピーエンドを示している。
これが狂った隣家の老婆と同じ行動なのが、少し怖い。
セーラは元夫の暴力により最初からちょっと精神を病んでいたふしもあり、老婆から感化され妄想が悪化して、「息子が別人に取り替えられ、地底人に襲われた」という新たなストーリーを創り出してしまった可能性もある。
SFホラーなのか、それとも心理ホラーなのか。作品の解釈は分かれそうだ。
テーマ音楽『Weile Waile』
私はいつもエンディングロールは観ないで出る派だが、この作品はエンディングで使用されている挿入歌が良かったので、音楽が終わるまで劇場に留まって聞いていた。
アイルランドで有名なバンド『ダブリナーズ』の曲で『Weile Waile』という曲だ。
歌い手は女性歌手のリサ・ハニガン。
残念ながらオンラインなどで入手可能なサントラには未収録で、YouTubeにて聞くことができる。
民謡調の朗らかな歌声に反して、歌詞は陰気で「森に住む老婆が赤ん坊を殺してしまい、警察に捕まって絞首刑となった」というもの。
映画の内容とはマッチしており、監督がこの曲からなんらかの着想を得たということかもしれない。予告編でも同じ、リサ・ハニガンの歌声が使用されている。
感想
私は《入れ替わり》というテーマに興味があって、過去に何作か観ている。
例えば、事実を元にしたフィクションとしてアンジェリーナ・ジョリーがド迫力で演じた『チェンジリング』、SFホラーとしてはジュリアン・ムーアが好演した『フォーガットン』、あるいはドッペルゲンガーをモチーフに入れ替わりを描いた『ブロークン』など。
結末がバッドエンドでスッキリしないものが多い中、『ホール・イン・ザ・グラウンド』では、最大限がんばってオチをつけてきたな〜というところを評価したい。
モンスターの姿も明るいところでハッキリ見せると興ざめなので、見せ方として、ちょうどよかった。
雰囲気がいいし、不条理ホラーとして、またサイコホラーとしても楽しめる点も良かった。
この作品が気に入った人には、『ブロークン』や、似たような怪しい雰囲気がある作品として『アルカディア』もおすすめだ。