アート

東京・ちひろ美術館開催『ショーン・タンの世界展』感想・レポート

『ショーン・タンの世界展』感想・レポート

2019年5月11日から7月28日まで開催の『ショーン・タンの世界展』を訪れた。
会場は西武新宿線・上井草駅より徒歩10分の「ちひろ美術館・東京」。新宿駅から30〜40分というアクセスこそ少し不便だが、わざわざここまで足を運ぶかいがあると言える、すばらしい展覧会だった。

ちひろ美術館・東京ちひろ美術館・東京
展覧会概要

『ショーン・タンの世界展』

  • 特設サイト:http://www.artkarte.art/shauntan/
  • 会場: ちひろ美術館・東京
  • 住所: 〒188-0042 練馬区下石神井4-7-2
  • 入場料: 大人800円・高校生以下無料
  • 会期: 2019年5月11日〜7月28日
  • 時間: 10:00〜17:00
  • 休館日: 月曜日(祝日は開館、翌平日休館)

ショーン・タン(SHAUN TAN)プロフィール

1974年オーストラリア生まれ。メルボルン在住。
イラストレーター、絵本作家として活躍する一方、舞台監督や映画のコンセプトアーティストとして活躍の場を広げている。
2009年に刊行した『アライバル』は世界中で翻訳出版されている。2010年、映画『ロスト・シング』で第83回アカデミー賞短編アニメ賞を受賞。

(『ショーン・タンの世界』求龍堂、2019年刊より)

展示内容

1階展示室では、過去の著作の中から原画やスケッチ、彫刻などを展示。
オーストラリア・メルボルンにあるアトリエで収録されたショーン・タンへのインタビューの映像を上映している。

2階展示室では、最新作『内なる街から来た話』収録の油彩や、グラフィックノベルの大作『アライバル』の原画(鉛筆画)、絵コンテ、また風景を描いた小さな油彩のシリーズを展示している。

「ちひろ美術館・東京」の特徴として、館内に絵本を集めた図書館を備えており、テーブル席があって、今回展示されたタンの著作や展覧会の図録なども閲覧できるようになっている。また、会場内にも同じ本を備えているため、展示と並行して閲覧することもできる。(その場合には通路が狭いので、展示物を鑑賞している人のじゃまにならないよう注意が必要だ。)

東京での展示期間終了後は、会場を京都に移し、美術館「えき」KYOTOで展示されることになっている。

感想・レポート

『アライバル』より鉛筆画

もともとはちひろ美術館・学芸員の原島恵さんのツイートでチラシを見て、興味を引かれたのが始まりだった。

画家の藤田新策先生が言っていたことだが、人は、大昔から共通して、高いところから見下ろす構図を好むという。この図もまさにそうだ。たった1枚で、繊細でリアルな鉛筆画とファンタジーが融合した世界観を見事に伝えている。
「移民」をテーマにしたグラフィックノベル『アライバル』からの1コマだ。

『アライバル』は作者が構想・制作に4年をかけたという大作だ。
全編が緻密な鉛筆画で構成され、われわれの知る文字は1語もなく、絵画だけで物語が進行する。まるでサイレント映画を見るように、小さなコマの組み合わせや、ときに見開きの大きな絵画をはさんで緩急をつけてストーリーが展開する。
冒頭、妻と娘、三人家族の写真を丁寧に包み、トランクの中にしまっている男性が登場する。幼い娘が目を覚ますと身支度をして、家族揃って出かけていく。建物には長い龍の尾の形をした不穏な影が映る。

『アライバル』:壁の影(2004~2006年)/『ショーン・タンの世界』求龍堂、2019年5月刊より『アライバル』:壁の影(2004~2006年)/『ショーン・タンの世界』求龍堂、2019年5月刊より

この後、男性は移民でいっぱいの船に単身乗り込み、異国へと旅立つ。
異国では見たことのない景色が迎えてくれる。広場の中央には翼のある奇妙な生き物の巨像がそびえ、たくさんの煙突から白い煙がたなびいている。空飛ぶ風船から吊るされたコンテナで男性は空中を散歩し、目的地に到着する……。

言葉が通じない移民の目で見た異国を、ファンタジックな様式で表現していることがわかる。
特に、パノラマの絵が印象的だ。

『アライバル』:気球と町並み(2004~2006年)ポストカードより『アライバル』:気球と町並み(2004~2006年)/ポストカードより
  • 初めて見る異国の景色。(『アライバル』:気球と町並み)
  • 回想シーンに見る祖国は炎に焼かれ、防護服に身を包む巨人たちがラッパのようなものを地面に向け、逃げ惑う人々を吸い込んでいる。ファンタジーでありながら、ぞっとする迫力のある図だ。(『アライバル』:巨人の夜)
  • 結末では、妻や娘が海を越え、はるばる男性の住む土地にやって来た再会のシーンを遠景で見せている。雪が積もっているのか、白い路上に点々と長く続く足跡が、祖国からの遠い道のりを暗示する。(『アライバル』:再会)

この3枚のパノラマ原画を行ったり来たりして、何度も見て、私はすっかり魅せられた。『アライバル』と、『アライバル』の制作過程を紹介した『見知らぬ国のスケッチ』の2冊をミュージアムショップで購入した。

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同行したパートナーのえむさんも、ショーン・タンが気に入ったようで、「全部買う」と言っていた。

えむ
えむ
『見知らぬ国のスケッチ』を読むと、背景の理解が深まって、よりおもしろい。例えば、龍の影が体制からの圧迫を暗示しているとか!

『内なる街から来た話』より、油彩4点

最新作の『内なる街から来た話』(邦訳仮題)は今のところ未邦訳であるが、翻訳が出たら絶対に欲しい。
カラフルな油彩で描かれた幻想的な世界が、それは美しいのだ。
今回展示されていたのは、『クマとその弁護士』『ムーンフィッシュ』『オウム』『蝶』など。
特に私が気に入ったのは、『ムーンフィッシュ』と『蝶』だ。細かな点描で描かれた光の点々がカラフルで、息をのむほど美しい。ブルーグレーの背景との対比で、まさに発光しているように感じられた。これは、ぜひ実物を見て味わってもらいたいと思う。

ショーン・タン 2019年のインタビュー内容(インタビュアー:原島恵)

1階展示室で見られるインタビュー・ムービーも良かった。

ショーン・タンは、いかにしてこの壮大な物語を創作したのか理知的に語っている。

まずはじめに「荷物を抱え、不思議な街にやって来た人物」のビジュアルイメージを思いついた。そこから、移民の話として構想をふくらませ、オーストラリアの移民やニューヨーク・エリス島の移民など、各国の移民に関する資料をできる限り取り寄せ、多くの写真に取材したという。そしてこのストーリーを表現するためにふさわしい画風はなにかと考えた結果、「マンガ」に行きつき、スコット・マクラウドの『アンダースタンディング・コミックス』を読んで各国のマンガに学んだ。

マクラウドによれば、日本のマンガでは写実的な背景に対し、省略されたシンプルな顔の人物を配置することで人物像を浮かび上がらせる。また、人物の顔に特徴を与えずシンプルにとどめることによって、読者が感情移入しやすくなる効果がある。
タンは中国系の父を持ち、人種がミックスされた自分の顔を主人公のモデルにすることによって、特徴をあいまいにする日本のマンガの効果を試した。

最初の頃はシンプルなタッチで制作しようとしていたが、実際の写真を見て取材するにつれ、写真の持つ力に負けないようにと、より写実的なタッチに変更することにした。一人の男の写真を時系列に沿って断続的に並べたアルバムのような作品をめざしたのだ。自分の妻や、友人の娘、友人たちにもポーズを取ってもらい、写真を撮って作品の参考にしたそうだ。

こうした努力のかいあって、作品が出版されると、実際に移民の経験をした人々から「これはまさに私たちが体験し、感じたことだ」との感想が次々に寄せられたという。
現実に取材したものをそのまま描くのではなく、豊かなファンタジーの要素を加えたことによって、人々の不安や恐怖が普遍のものとなったのだ。
パワフルでクリエイティブなアートの力を感じさせる、おもしろいインタビューだった。

なお、このインタビューを文字起こししたものは、図録『ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ』の巻末に収録されている。(求龍堂より、2019年5月24日発売)

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初めて訪れたちひろ美術館・東京は、閑静な住宅街にあるこじんまりとした美術館……と思いきや、ぎっしり内容の詰まった展示を見せてくれた。
800円の入館料で、同時開催の『ちひろが描いた日本の児童文学』もたっぷり見られる。(高校生以下は無料)

『ショーン・タンの世界展』は、不思議なもの、奇妙な生き物、あるいは、ちょっと不気味で美しいアートを好む人にぜひお勧めしたい。

ABOUT ME
黒いジョヴァンナ
黒いジョヴァンナ
生来のホラーマニアで、学生時代には『新耳袋』『怖い本』『東京伝説』などを集め読破した。漫画好き、映画好きでもある。